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第3回受賞作品

金賞

全世で一番大好き開く

森田 欣也 様 47歳

母さん、そちらでの暮しはどうですか。どうですかって聞くのもちょっと変かな。いつも見守っていてくれてありがとう。いつもつまらない愚痴を聞いてくれてありがとう。心を支えていてくれて本当にありがとう。

早いもので、僕が首の骨を折り、全身マヒの障がいを負って三十年。母さんが天国へ行って二十七年、すっかりおじさんになったけれど、きれいな体形は保っているよ。

でもあの日、薄暗い病室で母さんが、目をまっ赤に腫らしながら、感覚もなく動かなくなった僕の手をしっかり握りしめてくれながら、生きていてくれてありがとうと、僕の涙を何度も何度もぬぐってくれたこと、今でもはっきりとおぼえているよ。

そして母さんは、自分の命を削るように、また絶対に動けるようになるから、その時に関節がかたくなってたり、変形していたらいけないからと、毎日、午前二時間、午後三時間、手足のすべての関節を動かしてくれた。床ずれが出来ないようにと、倍以上もある僕の体を腰をさすりながら、夜中でも二時間ごとに向きを変えてくれた。食事の介助、下の世話など二十四時間介護をしてくれた。

だんだんと小さくなっていく母さんに気づかず、自由にならない体のイラ立ちを全部ぶつけてしまった。何十回も口ゲンカをした。グラジオラスの花が好きなことをはじめて知った。父さんとかけ落ちした話を照れくさそうに話してくれた。強くてとてもやさしい母さんだったのに、ごめんね僕のせいで……。

でも百万回ごめんと言うより、一日でも長く、笑顔で元気で生きていることが、今の僕に出来る唯一の親孝行だと信じて、母さんが残してくれた力を心の支えにあの日から頑張っています。

だから今はまだ会いには行けません。何年か後、何十年か後に会った時には、おじいさんとなった僕とデートして下さいね。母さんありがとう。そして全世で一番大好きです。

銀賞

代筆でごめんなさい開く

札場 笑美子 様 69歳

お父さん、お誕生日おめでとうございます。ええと、何回目の誕生日でしたっけ。ごめんなさいね、あまり長い間お父さんの歳を数えていなかったものだから。それにこの手紙、お母さんじゃなくて娘の私が書いているのもご不満でしょうが勘弁してくださいね。

でもお父さん、これでも私、お父さんが南方戦線へ出征していた頃のことよく覚えているのですよ。

その頃、お母さんは毎日口癖のように、「お父さんはもうすぐ帰ってくるに違いない」と、自分に言い聞かせるように言っていましたっけ。そんなある日、唐突にお父さんの戦死の知らせが届いたのです。その後も、ついにお父さんの遺骨は帰ってきませんでした。お父さんがいつ戦死されたのかも分からなかったけれど、半年ばかり後、お父さんの背嚢だけが不思議と戻ってきたのですよ。

背嚢の中には、毛布や薄汚れた手ぬぐい、それからさも大切そうにお母さんと私の写真に、お母さんが出した何通もの手紙が入っていましたっけ。震える手で背嚢(はいのう)の中から私たちの写真を取り出したとき、気丈なお母さんは泣き顔など見せなかったけれど、お父さんにあてた自分の手紙に目を通した時、お母さんは号泣しました。

それから毎年、お父さんの誕生日が来るとお母さんは、お父さんの仏前にお酒を一本付け、お父さんにあてた手紙を一通書くようになったのですよ。

手紙に何が書かれていたのか、お母さんは私には見せてくれたことがないので知らないのですが、お父さんのことを「好きだった」なんて書いてあったんですか? まさか娘の私が結婚に失敗して戻ってきたことなんか報告していませんよね。

――半年前にお母さんが亡くなってしまったので、今日は娘の私がお母さんの代筆をさせていただきました。これから毎年私がお父さんに手紙を書くことになります。無調法者ですがよろしくお願いしますね、お父さん。

1歳の約束開く

谷元 悠 様 30歳

「この子の1歳の誕生日はとびきりのお祝いをしようね」。約束はきょう、果たしたよ。

君がいなくなってしまってから、ちょうど1年が経ちましたね。

あの日、病院に駆けつけた僕を待っていたのは、娘が無事生まれたという知らせと、もう1つ。大量出血で君が助からなかったという知らせでした。

生まれたばかりの娘のことも忘れ、ぐちゃぐちゃに泣きながらお医者さんに怒鳴りかかり、君のお父さんに止められたこと。座り込んで泣き続けた僕の横で君のお母さんが、僕の知らない小さかったころの君の話をしてくれたこと。病院の廊下の暗さが憎らしく思えたこと。記憶の断片は今でも頭から離れてくれません。悲しくて、情けない僕の父親初日でした。

あれから1年。君が生んでくれた大切な娘は、いま、大きな病気にかかることもなく、すくすくと成長しています。最近では歯が何本かはえてきて普通のご飯も食べられるようになってきたし、まだ数歩だけど、歩くようにもなりました。(僕の育児もなかなかのものでしょ?)言葉ももう少しで出てきそうです。きちんと会話ができるようになったら、君のこと、いっぱい話そうと思っています。

君は覚えていますか。妊娠がわかった時に2人で話した、娘の1歳の誕生日のことです。君がいなくなっても、いや君がいなくなってしまったからこそ、僕には大切で尊い約束。

盛大ではないけれど、とびきりの1歳の誕生日。この手紙は、きょうそれを果たした報告の手紙です。

僕らの娘の衣装は、なんと君が1歳の時に着たピンクのドレス! 君のお母さんが、この日のために探し出してくれたものです。ほんとうに、すごくすごく可愛かったよ。娘の晴れ姿をみて、いろんな思いがあふれてきて、やっぱり僕は泣いてしまったけど、君の両親の方が僕よりずっとたくさん泣いていました。

君というかけがえのない大切な人を失ったけれど、君がくれたかけがえのない人たちに支えられているから、きょうも僕は生きていけます。ありがとう。これからも、いつまでも見守っていてください。

天国のお父ちゃんへ開く

吉田 紀子 様 24歳

お父ちゃんが脳梗塞(のうこうそく)で意識不明になってから、どうなったと思う? 家出して二年間行方不明になってた兄ちゃんが、誰よりも早く集中治療室に駆けつけてたんやで。私もお母ちゃんもホンマにびっくりした。

お父ちゃんが亡くなる二年前、兄ちゃんは高校を退学になった。家で反抗的な態度をとり、家中が大ゲンカになったあの日、お父ちゃんは兄ちゃんを殴りつけて「出て行け!」と言うてしもたやろ。兄ちゃんは何も持たずにそのまま出て行った。私もお母ちゃんも、すぐに帰ってくると思ったのに全然連絡が無いし、「あの日」以来二年間我家から笑顔が消えた。お父ちゃんは、「お前はわしの跡取(あとと)り息子やからなー」と小さい頃から可愛がって大事に育ててきたのに、心配しすぎて髪が真白になってしもたね。家出後兄ちゃんは、家から遠くない工場に住み込みで働いてたんやて。でも家族のことが気になるし、米屋のおじさんにお願いしてうちの様子を二年間伝えてもらってたらしい。バイクで家の前を何回も通り、お父ちゃんの姿を見つけては泣いていたなんて、なんでもっと早く「お父ちゃん、ごめん」と言わへんかったんやろ。

いつものように米屋のおじさんがうちに来た時、お父ちゃんが倒れてるのを見つけて救急車を呼び、兄ちゃんに連絡してくれた。病院で兄ちゃんは、二年前あんなに殴られたお父ちゃんの拳(こぶし)を両手で包んで「神様、俺の命を父ちゃんにあげて下さい! 死なんといて……」と拝み続けた。お父ちゃん聞こえてたか? 告別式の段取りを決める時兄ちゃんは「俺が喪主をやる」と静かに言った。急いで茶髪を黒に染め直し、礼服に袖(そで)を通した時「いやぁ、若い時のお父ちゃんそっくりや!」二年ぶりにお母ちゃんが笑ったよ。出棺の時、兄ちゃんの挨拶があまりに立派で、私は涙が引っ込んでしもた。会葬してくれた米屋のおじさんが一番大泣きしてたで。

今、兄ちゃんは一家の大黒柱となって仕事を頑張ってる。お父ちゃんが理想だった「家族円満」で暮らしてるから安心してや。

沈丁花(じんちょうげ)開く

入倉 文子 様 57歳

お父さん、あの日のこと覚えていますか。早春の日が静かに暮れようとする頃、あなたはうとうと眠っているように見えました。

「又、明日来るからね」

小さく声をかけ病室を出ようとした時、お父さんはふっと目を開け、はっきりした声で言いました。

「もう来んでいい」

私は、はっと胸をつかれ、すぐには言葉が出ませんでした。

「なんで……どうしてそんな寂しいこと言うのよ」

「お前も仕事と家のことで大変ずら。もう来んでもいいよ」

私は疲れて、何もかも捨てて逃げ出したいような日が続いていた。そんな自分が情けなくて、苦しかった。

脳梗塞で寝ついて三ヶ月。認知症が進んで、自分のいる場所も季節もわからず、お母さんがずっと前に死んだ事も忘れてしまっていたお父さん。でも私の気持ち、全部見抜いていたんだね。

私は何も言えず、お父さんの骨張った横顔をただ見つめていました。

外に出ると薄闇の中に沈丁花の香りが濃く漂い、涙があふれてきて困りました。

その日がこの世でお父さんと話した最後の日となりました。

今日は朝から雨。不思議なことに、沈丁花は雨の日に強く香るのです。そのひんやりとした甘い香りが、お父さんを思い出させます。

「もう来んでいい」

優しい声が聞こえてきます。

どんなに衰えても、お父さんの心の奥底の泉は、枯れてはいなかったのですね。

あの日からもう六年。来なくていいと言われても、もう一度お父さんに会いたい。そして伝えたいのです。

「最後まで愛してくれてありがとう」と。

きらきら光るお空の君へ開く

今井 尚人 様 37歳

妻へ。君がお星さまになってから、1年が過ぎたね。シングルファザーの僕は、今じゃすっかり子育てが楽しくなった。

「育メン」って知ってる? それは育児する男性のこと。僕はイケメンじゃなかったけど、育メンになれたよ。なにやらイケメンよりも女性にモテるらしいから、僕がモテちゃったらどうしようね?

なーんてウソだよ。大丈夫、僕の愛する人は、後にも先にも君だけだから。

2歳半になった琴美は、日に日に君に似てきたよ。もう可愛くて可愛くてさ。残業なんかしないでまっすぐに保育園に迎えに行くんだ。

迎えに行くとね、僕の姿を見つけた途端、「ウキャー!」なんて言いながら、大喜びでバンザイして、変な走り方で僕に突進してくるんだ。だから僕は琴美を胸で受け止めて、ギュウってして高い高いしてグルグルしてから降ろすんだよ。

そんな琴美がさ、保育園でいろんな歌を覚えてくるんだけど、一番のお気に入りは「きらきら星」なんだ。

「きらきら光る お空の星よ まばたきしては みんなを見てる きらきら光る お空の星よ」

琴美曰く、これはママの歌なんだって。それで二番の歌詞をさ、琴美がこんなふうに歌うんだよ。

「きらきら光る お空のママよ 琴美の歌が とどくといいな きらきら光る お空のママよ」

誰も教えたわけじゃないんだ。保育園にも確認したんだ。琴美が自分で歌詞を替えて歌ってたんだよ。琴美は、お星さまになった君のことを今でもちゃんと覚えている。

琴美の歌声、届いているよね?

きらきら光るお空の君よ。僕も琴美も、君に負けないくらい、いつもきらきら光っていられるように頑張るからさ、空から見守っていてくれよな。